JACK休憩所

慶應義塾大学ジャパンアニメカルチャー研究会のブログ

ピ蔵十夜【第三夜】

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こんな夢を見た。

 

 部屋を掃除している。見慣れないノートを見つけた。ただ不思議なことにはいつの間にか使われていたようで、確かに誰かが使ったノートである。ノートの外見はいたって普通であるが、内容はなんだかよくわからない。

今は夕方である。カラスの声が時々聞こえる。ノートの中身を見ることにしてみた。

「何も思い出さないのかい」とノートから声が聞こえた。

「一体何をだね」と顔を傾げながら聞いたら、

「だってここに髪の長い女がいるだろう」と答えた。

するとちょうど開いていたページには女のイラストが描かれていた。

自分はこのノートが怖くなった。こんなものを持っていたら、この先どうなるかわからない。早くゴミに出してしまおうと思うと、目端にゴミ箱が見えた。あすこならばと考え出す途端に、手の中で

「ふふん」と云う声がした。

「何を笑うんだ」

ノートは返事をしなかった。ただ

「何か思い出さないか」と聞いた。

「思い出さないね」と答えると

「今に思い出すよ」と云った。

自分はこのノートのことが気になって少し読み進めることにした。ずいぶん昔に書かれたようで、字が乱れていてよく読めない。しばらくすると白紙のページになった。自分はそこにあった椅子に座って、ちょっと休んだ。

「次のページには、『♢のゆるゆるページ』と書いてあるはずだがな」とノートが云った。

なるほどページの上部には確かにそう書いてあった。

下の方には「本日の裏ット 絶対勝てるトランプカード(使うたびに寿命が一ヶ月縮まる)使用したMさん『本当に勝てます!私のおすすめです!』¥2000」とある。

右のほうには「というわけで『祝☆竹中半兵衛のレベルマックス記念日』としますよー今日は9月4日、くしの日ですよーこれは本当ですよー『ですよー』ってうるさいですよー。これぞまさに『11時頭』!不思議ですねー」とある。

 一体これはどういうことか。なんだかこのノートから目を背けて泣きたくなってきた。周りにあったはずの机や本棚が遠ざかっていくようだった。座っているのか、立っているのか、横になっているのか、わからない。現在地はどこだ。もう日も完全に沈んでしまい、部屋は暗闇に包まれているが、黒い文字が明らかに見えた。

 「めくってみるといいだろう」とノートが命令した。自分は激しく躊躇した。この先に行っては戻ってこられないような気がした。窓の外からは、お隣さんがバーベキューをしていて時折楽しそうな笑い声が聞こえてくる。外の世界はなんと楽しそうなことか。

「遠慮しないでもいい」とノートがまた云った。自分は開き直ってページをめくり始めた。腹の中では、よくただのノートのくせに何でも知っているなと考えながらただページをめくっていると、ノートは「どうも紙だと傷んででいけないね」と云った。

「だから傷んで読めなくなる前に、今読んでいるからいいじゃないか」

「読んでもらってすまないが、どうも人の記憶力は悪くていけない。書いた本人ですら忘れるんだから」と云った。

 何だか厭になった。早く捨ててしまおうと思った。

 「もう少し読むと解る。___ちょうどこんな季節だったな」と手の中で独り言のように云っている。

 「何が」と際どい声を出して聞いた。「何がって、知ってるじゃないか」とノートは嘲るように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然とは分らない。ただこんな季節であったように思える。そうしてもう少し読めば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますますページをめくる手を早めた。

 バーベキューはまだ続いている。身体中から冷や汗が出ている。ほとんど夢中である。ただ手の中にノートがあって、そのノートが自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実も洩もらさない鏡のように光っている。しかもそれは自分の字である。自分はたまらなくなった。

「ここだ、ここだ。ちょうどこのページだ」

お隣さんの笑い声の中でもノートの声は判然聞こえた。自分は覚えず留った。白紙のページだった。ただ上の方に「このページの担当は■■■■■」とだけ書いてあった。

「ちょうどこのページからだったね」

「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。

平成24年辰年だろう」

 なるほど平成24年辰年らしく思われた。

「御前がこの交換日記をストップさせたのは今からちょうど八年前だね」

 自分はこの言葉を聞くや否や、今から八年前の辰年のこんな初夏の時期に、仲良し四人組内で、一冊のイラスト交換ノートを回して遊んでいたと云う自覚が、忽然として頭の中に起った。私はオリジナルキャラを4人作り出し、それで物語を作って友達に読ませていた痛い中学生であったこと、そして滞納者だったんだなと初めて気がついた途端に、手の中のノートが急にハンムラビ法典のように重くなった。